高校では x-軸 と呼ばれる数直線、x-軸、y-軸 から構成されている平面、もう少し進んで、 x-軸、y-軸、z-軸から構成されている立体空間 などを習うと思います。 これらを少し曲げたり伸ばしたり縮めたりすること を考えると、例えば曲線であったり曲面が得られる と思います。曲線は例えば x^2+y^2=1 で表される 円だったり、曲面は x^2+y^2+z^2=1 で表される 球面のようなものです。 このように曲がっていたり歪んだりしている空間を 多様体と呼びます。多様体にはそれぞれ次元と呼ばれる ものがくっついていて、曲線は1次元多様体、曲面は 2次元多様体と呼ばれます。それでは3次元多様体とは どんなものでしょう? 想像がつきにくいですが、例えば 宇宙空間なんていうのはどうでしょう? 宇宙には大きな 恒星たちが重力でもってその周りの空間を歪めていて、 立派な3次元多様体のモデルになっていると思われます。 では、4次元多様体は、3次元多様体に時間軸を含めた もの、5次元多様体は、、、と夢は広がりますが、ここまで 行くともう私に良い例がうかびませんし、想像も出来ません。
1次元多様体、2次元多様体は構造がシンプルでそのもの の分類という意味では研究は終わっています。 私が現在研究対象としているものはこの次に現れる 3次元多様体と 呼ばれるものです。特に3次元多様体論と4次元多様体論 を総称して、「低次元多様体論」と呼びます。低次元! と聞くともしかして、程度が低いんだ と思われるでしょうが、 なんと不思議なことに数学の世界では5次元以上の多様体の分類に 関する研究はほぼ終わっていて、残るは我々が住む世界に 近い3次元、4次元だけが対象になっているのです。 その上、この3、4次元多様体の研究は物理学や生物学と 結び付きがあったり、コンピュータを利用した研究の対象 になったりして広がりを続けています。
この5次元以上の多様体の分類の研究が終わっている理由は 人間が構築してきた代数という抽象数学のおかげが大きいのです。 もう少し詳しく書きますと、 例えば n 次元多様体を調べるのにはその多様体の中に含まれる 半分の次元(n/2 次元あたり)の多様体が大切な役割を果たします。 例えば、6次元多様体を調べるにはその中の3次元多様体、 7次元多様体を調べようとするとその中の3次元もしくは 4次元多様体がもとの多様体の性質をよく反映する訳です。
一方で、6次元多様体の中の4次元多様体とか7次元多様体の 中の5次元多様体という風に、n 次元多様体の中にある n-2 次元多様体は「結び目」という現象を引き起こします。 結び目と聞くと、靴紐の結び目などを思い浮かべるかも しれません。そしてそれは正しいのです。3次元多様体の中の 1次元多様体と言えば我々がまさに普段結んでいる結び目です。 ちょうちょ結びやかた結び などいろんな結び目が我々の 身の回りにありますが、まさしくこれが数学の対象なのです。
「結び目」という現象を数学的に解析するのは実は難しい のですが、高次元多様体ではこの多様体の性質をよく反映 している半分の次元の多様体が結び目にはなりません。 (5次元は微妙ですが、うまく切り抜けられるのです。) すると、その解析が既存の数学に載りやすく、結果として 5次元以上の多様体の分類に関する研究をほぼ終結させてしまうことに なったのです。で、残るは3、4次元多様体という訳です。
要するに、結び目の研究をすることが3次元多様体解明の 一つの重要な鍵であり、それを例えば行列や行列式、微分積分 などを使って研究しているのが私の研究です。それをして どうなるの? という疑問をお持ちかもしれないので、以下 一つの応用例を書こうと思います。
生物で DNA と言う言葉を習った方、もしくは新聞などで 聞かれた方も多いかと思います。DNA は生物を決定する 重要な役割を果たすものです。その中には結び目になった ものがあります。微生物の中には動物になくてはならない ものや有害のものいろいろありますが、ある病気がどうして おこるのかわからなく、生物学者の懸命の研究で、どうやら ある無害のタンパク質が持つ結び目DNAの一つをその鏡像に なっている結び目DNAに置き換えると、そのタンパク質の性質 が変わり、有害のものになるのでは ないか? と言われた事例があります。 しかし、結び目を鏡で写してもそれはまた結び目になり それらの間に本当に違いがあるのでしょうか? もしないとするとその仮説は間違えていることになります。 結び目の数学による研究の中に、結び目とその 鏡像で得られる結び目を区別する というのがあり、 その問題が起こった際、見事に数学がその仮説が正しい ことの証明にされました。実際、結び目の形によって その結び目が鏡像と同じになったり違ったりする非常に 微妙な問題なのですが、数学の厳密性がまさしくここでは 役立ったのです。
この他にもいっぱい応用例はあるのですが、書ききれないので この程度にしておきます。また、この結び目・3次元多様体を 研究する手段としてコンピュータを利用したものが数多く開発 されてきています。
一般の方向けにもいろいろな本が出版されていて、例えば
「結び目のはなし」(村上斉著)、遊星社
「組みひもの数理」(河野俊丈著)、遊星社
などが初心者の方には読みやすいかと思います。
上の文を読んでいて気付いた方もおられるかもしれませんが、
もし我々が4次元の世界に住んでいるとすると、
我々が紐を使って結び目を作っても(それがかたむすびで
あっても)ほどけてしまいます。その辺のからくりが
説明されていたりして楽しめます。
また大阪市立大学の河内先生がインターネット上で
講座を開かれたので参考になるかもしれません。
97年度版
96年度版
日本語による解説書を広島大学の寺垣内先生がまとめて 表になされているので、より詳しく知りたい方は是非トライ してみて下さい。
世界中にこの分野を研究されている研究者の方がおられます。
実は私は今、アメリカにあるカリフォルニア大学という所に
研究出張中で、そこで原稿を書き、コンピュータをつたって
このページを作成しました。本当はもっと図などを盛り込んだ
ものにしたかったのですが、ままならないので
綺麗な結び目が見られるものを下にリンク
しておきます。
カナダ・バンクーバにある Britsh Columbia 大学にあるサイト
Knot on the web(by Peter Suber)