第9回(2010年度)解析学賞

受賞者

業績題目

中村周(東京大学大学院数理科学研究科)

シュレーディンガー方程式の超局所解析とスペクトルの研究

長井英生(大阪大学大学院基礎工学研究科)

長時間大偏差確率最小化に関するリスク鋭感的制御を通じた研究

永井敏隆(広島大学大学院理学研究科)

走化性モデルに対する解析学的研究

【選考委員会構成】
会田茂樹,川島秀一(委員長),小磯深幸(委員会担当理事),小林良和,神保雅一,田村英男,林仲夫,宮嶋公夫


受賞者

永井敏隆(広島大学大学院理学研究科)

業績題目

走化性モデルに対する解析学的研究

受賞理由

走化性モデルは,自身の分泌する誘引物質を粘菌が探知し,その物質の濃度勾配に応じて引きつけあう数理生物モデルであり,非線形放物型偏微分方程式系によって記述される.永井氏は,走化性モデルの典型である Keller-Segel 方程式系に対する Childress-Parcus 予想を検討し,生化学的に自然な設定での非線形近似モデルを与えて,初期値が球対称の場合に,初期総質量がある閾値よりも大きければ解が有限時刻で爆発することを示した.次いで,2次元有界領域において粘菌の初期総質量が閾値よりも小さいときには,時間大域解が存在することを Trudinger-Moser 型不等式とエネルギー・エントロピー汎函数,および偏微分方程式論の正則性理論を用いて証明した.時間大域解の存在を保証する閾値は2次元 Trudinger-Moser 不等式の最良定数 $8\pi$ から自然に導かれ,CP 予想が正しいことを証明している.また有限時刻での解の爆発は,自身の手で非球対称の場合に拡張されたが,そこでは問題の背後にある対称性と臨界性が大きな役割を果たし,巧妙な重み函数の創出とともに深い洞察に支えられた結果である.これらの成果に加えて,主要部が退化した非局所系の先駆的結果,解の時間大域的な漸近挙動,爆発解の質量集中の可能性,誘引物拡散がない場合の1次元の解の爆発など,走化性モデルの解の挙動の研究で多彩な業績を挙げ研究を牽引してきた.近年では,2次元非線形放物型‐楕円型連立系で閾値 $8\pi$ より総質量の小さい初期値に対して,解の2次モーメントの有界性を仮定せずに時間大域解の存在を証明し(Velázquez 予想の解決),その大域的漸近挙動を明らかにした.そこでは自己相似解と再配列理論を応用した独創的手法が用いられている.このように永井氏の研究は,偏微分方程式論の本来の手法に加え,臨界不等式の適用や,再配列理論の応用,自己相似変換の再帰的適用など,解析学の業績として深淵にして顕著であって解析学賞にまことにふさわしいものである.