第7回(2008年度)解析学賞

受賞者

業績題目

佐藤健一(名古屋大学名誉教授)

Lévy 過程と無限分解可能分布の研究

田村英男(岡山大学大学院自然科学研究科)

量子力学におけるスペクトル解析

林仲夫(大阪大学大学院理学研究科)

非線形分散型方程式の漸近解析

【選考委員会構成】
尾畑伸明,小薗英雄,児玉秋雄,柴田良弘(委員長),前島信,山口孝男(委員会担当理事),山崎昌男,吉田朋広


受賞者

田村英男(岡山大学大学院自然科学研究科)

業績題目

量子力学におけるスペクトル解析

受賞理由

田村英男氏は,長年にわたり量子力学におけるスペクトル散乱理論の数学的研究において顕著な多くの業績をあげており,わが国おける数理物理学分野の代表的な研究者である.最近5年間は,「散乱理論におけるアハラノフ・ボーム効果(AB 効果)」と「Trotter-Kato 型の半群積公式の精密化とその応用」を精力的に研究している.
量子力学にしたがう粒子の運動にベクトルポテンシャル自身が関与する現象は AB 量子効果として知られている.田村氏は,1995年頃から AB 効果に焦点をあてた磁場による散乱問題を研究し,最近は複数のデルタ型磁場(ソレノイド磁場)による散乱において AB 効果がどのように現れるかを追及している.実際,田村氏は散乱振幅や散乱全断面積などの物理量の準古典極限における漸近公式を導き,AB 効果とデルタ型磁場の中心間で振動する古典軌道との関係を明らかにした.解析の中核となるのはレゾルベントの準古典評価であるが,振動する古典軌道が存在するため,その評価の証明には困難な計算を要する.このような状況下で田村氏は,長年培ってきた作用素論と超局所解析に関する高度な技術や知識に加え,Gauge 変換を用いた独創的なアイデアによって一連の顕著な研究結果を導出した.
また,特異な磁場による Dirac 粒子の散乱においても AB 効果の数学解析に力を注いでいる.さらに,一瀬孝氏と共同研究では,Schrödinger 半群の積分核や領域上の熱核を Trotter-Kato 型作用素の積分核で近似できることを証明し,精密な誤差評価を得ている.特に,ポテンシャル関数が滑らかな場合には,半群の積公式が作用素のノルム収束にとどまらず,基本解のレベルで各点収束していることを証明したことは大いなる知見と言えよう.この結果は経路積分の分野でも注目を浴びている.
田村氏の研究の特徴は,数理物理学として興味深い問題を,数学的に自然な仮定の下での美しい定理として提唱していることである.しかし,その証明は非常に困難であり,解析学の豊富な知識および技術,卓越した計算力,独創性を駆使した後に研究成果に至っている.すなわち,これらの多くの定理の導出は,田村氏の力量がなければ成しえなかったものと言えよう.このように,田村氏の解析学者としての力量は多くの専門家が認めるところであり,ハードアナリシスを駆使したこれらの業績は解析学賞にふさわしいと言える.